基本的に当日の朝飯に何を食ったか思い出すことすら
面倒くさいというか、思い出せなかったりする僕は
その日に起こった事実を情報として一元化して
一冊のノートに記録している。
特に決まりはなく、起こった事、感じた事、結果などを書く。
ルールなどなく、買い物のときにもらうレシートや
映画やミュージカルのチケットの半券とともに
その映画を一緒に観たメンバーリストや
様々な事象に対してどう感じたかをただ書き記す。
この作業の中で、僕が一番大切にしているのは
書き記すことよりも、読み返すことである。
ただ、なんとなく読み返して、目に留まったことだけ
深く読み返すということ。どこに何が書いてあるか覚える必要はない。
人間というのは、どこまで行っても過ちを繰り返すものだと思う。
人には様々な窓があって、生きているうちに
一度も使うことのない窓もあれば、ふとしたことがきっかけで
使ってしまう窓、この窓は開いてはいけないと
自分でわかっていても、何度も使う窓まで存在する。
特に僕の場合、自分で使ってはいけないと自分が一番知っているのに
まるで使い慣れたかのように使用する窓がいくつかあって
この窓を使うと、さまざまなトラブルが発生するパターンが多い。
ここ数年、そろそろいい歳になってきたせいもあるのか
かなり気をつけて、使ってはいけないと知っている窓を
開きそうになると、開かないようにすることができるようになったが
それでも、感情に任せて内面の窓を開いてしまうことがある。
そういう、ネガティブな事実すらノートに敢えて書き記すことで
どういう状況でどういう行動を起こすのか
客観的にわかるようになってきた。
これは、ノートの冊数が増えるたびに
読み返すたびに、気をつけるようになるように思う。
それでも人間、それがまったくのゼロになることはない。
こういう深層心理というか人の本音の部分では
みんな同じようなものを持っているのではないかと思う。
その存在すら自分で認めたくない心にある窓、誰もが持っているはず。
それは人に気づかれるより先に、自分で知っておくべきだと思う。
もちろん、そういうネガティブなことばかりで埋め尽くされるのではなく
このノートには、いろいろな楽しかった事実もあるわけで
あくまで、起こった過去を常に記録しておくことに意味がある。
書くことすら憚られる事実も年に一度か二度あるが
そこも逃げずに書くことを大切にしている。
前提として、自分以外の他人が見ることがないというのがあるので・・・。
スケジューリングも大事だといわれるが、起こった事実を
きちんと記録しておくことも同じように大切にしている。
予定よりも、やはり結果や事実が自分にとって本当に意味があるから。
0 件のコメント:
コメントを投稿