今日は職場環境について考えさせられる事があったので
仕事観の職場編について。
サラリーマンも経営も経験してみて思うこと。
それは、雇用側と雇用される側では求めているものも
各適性も違うといういうこと。
自分が職場環境に左右されていた時期を思い出してみた。
初めて社会に出た年、体育会系の年功序列一辺倒の会社に入社した。
新入社員は例外なく、一世代も二世代も前の
「俺たちが若いときはな・・・?」の精神論ごり押しの
複数の社員に対して、1通りの教育方針で新人教育を受けた。
個人的にこういう会社はものすごいストレスを感じた。
もちろん、精神的に疲れて激やせした。(笑)
激やせしたのは、僕の精神的なキャパシティが足りなかっただけなのですが
違う生き方をしてきた人間同士に対して、反論させない絶対的な権力を持ってして
恐怖支配するのは、12年前の20歳の時にすでに古いと感じていた。
ただ、第一次就職氷河期世代に社会に放り投げられた僕は
とりあえず、会社というのは苦痛を強いられるの当然のものであって
それは我慢するべきことだと思っていたことに落とし穴があった。
まず前提として、理不尽と感じることを上司に言われる自分にも十分問題があるとして
以下の事はかなり納得できないことで、言われた自分としては鮮明に覚えている。
・お前アホか?小学生からやり直してこい!
・使い物にならん学歴だけの大卒はいらん、今すぐ辞めろ!
・お前が入社してきたときに、死ぬまで虐めると決めていた。
・業務以外の会話の節々で、過去の経歴を否定する言葉を入れる。
こういうことは、日本企業ではよく上司が発する言葉らしいのですが
まず、具体的に部下のどこが駄目なのか言わずに
感情で発言している上司に対して、管理能力の欠落を感じざるをえない。
まず、40代50代の課長級の人は、言葉を選ぶ能力から覚えるべきだと思う。
こういう会社に限って、人材の入れ替わりが激しく
僕が初めて就職した会社の状態も漏れなく同じで
一週間、数ヶ月で仕事を辞める若手社員は増加傾向にあり
次世代を担う人材の育成に失敗し、見事数年前に倒産した。(笑)
コストパフォーマンスの悪い人材がいつまでも会社で私欲を
貪りの限りを尽くした典型的な結果だと感じる。
大幅に会社の体制を変えることは、実際難しいと思うが
例にならって、最近も若いモンは~と念仏を唱える人は
まず自分の能力を疑うべきだと思う。
ずばり、人が育たない原因の上司の人間性も含まれている。
最近のゆとり教育のそれぞれの個を尊重するのもどうかと思うが
AタイプにはAを、BにはBを、CにはCをという考えが無ければ
個を尊重する教育だった世代の若者を適材適所で
能力を発揮させるのは難しいと思う。
最後に締めくくるが、こういった体制の会社の内定しか取れなかった
自分自身の能力の無さも、今思えば事実だったように思う。
ただ、お互いに摺り合わせすることが本来大人であり、人間なのだと思う。
役職=その人間の価値や優劣ではないのだ。
ただ役割が違うだけである。
日本も前世紀まで戦争をしていたが
この例を見ても、若い者が死に、老人が戦を語る・・・。
これは今でも意外と繰り返されているような気がする。
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