なんと意味深なタイトルでしょう。(笑)
でも、長い一瞬のこの時間を過ごしてきて
ようやく気付くこともある。
もうずっと続けているライフログの昔のもので
10年前の22歳の今日のライフログを読み返してみた。
冊数が膨大で、結構探すの大変でした。
昔の経験に足をとられすぎて、在りもしない壁を
この10年随分と作って来たもんだなと思う。
経験は成長するための糧とか言われるけど
特に苦い経験を良い方向に活用していない自分に気付く。
結果として、それはいろいろリスクを回避しているので
表面上はよい方向に向かっているとしても
俺が成りたかった大人って今の俺みたいなヤツだったっけ?
過去に自ら記録したメモを読み返してみて
それは今とは全く違う場所を目指していたと気付かされる。
妥協、逃げ、リスク回避、安定、詰まるところのいろいろなことを
途中でいくつもの諦めと逃げを重ねて出来上がった存在が
今の自分だ。これが大人になるということだとよく分かっている。
不健全な利己主義、俺もそう、お前もそう、みんなそう、同じだよ。
今は自分の身を立てていくことだけ精一杯さ、だから仕方ねぇ。
20代前半の頃に頭に血が登るほどに嫌いだったフレーズを
今の俺は、心の奥底で誰にも気付かれないように
身を潜めて呟いている。俺だって大変なんだよ。そんな言い訳とともに。
生きていくほどに、素直な気持ちは忘れ去り
上手に生きていく術ばかりを覚えている。
慎重に石橋を杖で叩いてゆっくり歩く俺の足は
走ることも高く飛び立つことも忘れている。
そう、助走をつけて前だけを見据えて思いっきり走り
ジャンプすることはハイリスクハイリターン
大きな跳躍をすることは、とても危険で非論理的だといつの間にか覚えた。
失われた10年真っ只中を20代で過ごしたと言われる俺たちだけど
本当は自分自身がこの10年という時間を失ってきたのかもしれない。
昔は今よりも何も持っていなくて、お金もなくて
闇の中、先も分からない道を手探り歩く日々だったけど
そのころにはもっと確かなものを自分の手に握り締めていた。
これから先の10年をまた同じように生きていくか?自問自答。
その答えはまだ見つからない・・・。
ただ、今気付いたからこそ、若き自分が目指したものに
また近付けたらいいな・・・。
明日を水平線の向こう側に浮かべて、寝静まる町の夜を
ベランダから眺めても、いつもと同じ景色なのに
ブログを書きながら、ふと眺めた景色は少しだけ
わくわくするような、心が踊るような、少しエキサイティングな
景色に俺の目には映った。
22歳の俺が今の俺を見たらこう言うだろうね。
「きれいな物ばかり並べて、お前楽しいか?」
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